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クロツバメの浮き雲ライフ

保護猫ちゃん中心の生活を送りながら、ハンドメイドやDIY、音楽に読書と関心事を綴ります。

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音楽と人

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 ふだん様々なシチュエーションで耳にすることのある音楽。コンサートホールで集中して聴く音楽から、テレビコマーシャルのBGMまでと音楽の用途はとても幅広いですよね。

 

 今回はそんな音楽を構成する要素のなかの重要なパーツである『音階』と『和音』を掘り下げつつ、メインのテーマである『人は音階』について(いくらか飛躍した持論を混ぜながら)解説していきたいと思います。

 

 タイトルが目にとまり読みに来て下さった方、ありがとうございます。わかりやすい文章を心掛けますので最後までおつきあいいただけると嬉しく思います。

 

もくじ

 

音階と和音について

 

 はじめに音階とはなんなのか?和音とはなんなのか?について説明していきたいと思います。これらの言葉自体は耳にしたことがあるかと思いますが、実はいろいろな要素が含まれているのです。

 

陽音階と陰音階

 ご存じのことかと思いますが、ピアノの鍵盤には白い鍵盤黒い鍵盤がありますよね。白い鍵盤はドレミファソラシドを奏でるために使用し、黒い鍵盤はシャープ(♯)やフラット(♭)の記号が付く【半音あげ、半音さげ】の音階を奏でるために使用します。

 

 白い鍵盤の音階:陽音階といい、黒い鍵盤の音階:陰音階といいます。この音階を組み合わせることでできあがるものが「メロディー」です。陽と陰という文字は相反する属性のように思われるかもしれませんが、短音としてみた場合はただの音階であって性質を表すものではありません。しかし陽と陰の音階を組み合わせて奏でた場合、それぞれの性質が表面化する事になります。そのわかりやすい例が事項の『和音』です。

 

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和音とは

 複数の音階を同時に奏でることで鳴る音を『和音』といいます。定説ではそれぞれの音階に相性のよい音階があるとされています。絵の具の色にたとえてもいいかもしれません。の絵の具を混ぜて紫色をつくり出すようなものです。

 

 組み合わせる音階によって明るい表情の和音や、悲しみを浮かべたような和音ができあがります。

 

明るい、元気なイメージの和音:メジャーコード

 

悲しい、切ないイメージの和音:マイナーコード

 

 喜怒哀楽の表現は無数にありますが、わかりやすく分けると上記のようになります。さて、それでは何がメジャーコードとマイナーコードのどちらの和音かを決めるかというと前の項で触れた『陰音階』を使用しているかどうかがカギになるのです。

 

和音のなかに『陰音階(黒い鍵盤の音)』がない:メジャーコード

『陰音階』の音が入っている:マイナーコード

 

メジャーコードとマイナーコード

 コードの成り立ちかたの違いが分かったところで、こちらではそれぞれのコードの役割をざっくりとみていきたいと思います。

メジャーコードの役割

 メジャーコードが表現できる感情には「力強さ」「勇気」「明るさ」「楽しさ」などがあり、音楽に明るい色彩を与えることができます。

 

マイナーコードの役割

 一方のマイナーコードが表現できる感情には「悲しさ」「切なさ」「暗さ」「あやしさ」などがあり、メジャーコードが表現できない感情の残りの部分を引き受けているというわけですね。

 

事例に見る『深み』

 

メジャーコードばかりの曲はペラッペラで深みがない!

マイナーコードばかりで曲をつくると野暮ったくなるからやめとけ! 

 

 なんて風潮が今も存在しているのかは存じ上げませんが、僕がギターにかじりついていた頃(20年近くまえ)にはこんな定説があるところにはありました。なにが言いたいのかというと、伝えたいテーマに適したコードをどちらかに偏ることなくバランスよく使いましょうねということです。

 

ザ・ビートルズ「エリナーリグビー」

 

 ビートルズの良さは楽曲の幅広さにあると個人的には思っています。飛び抜けて明るい曲から、聴いているだけで椅子から立ち上がれなくなるほどの悲しい曲までが同じアルバムのなかで共存していたりします。

 

 この「エリナーリグビー」はあの超有名な「イエローサブマリン」(底抜けに明るい曲です)のカップリングとして収録されているのにもかかわらず、歌詞を含め明るい要素の全くない曲です。バックの弦楽器が疾走感を生み出しつつも強迫観念を強調し、何かしらの重大な決断を急かすような印象さえあるのです。

 

「Eleanor Rigby」(エリナー・リグビー) | The Beatles(ビートルズ) のピアノコード | 楽器.me

 

 リンクの楽譜を見ていただくと分かると思いますが、メジャーコードを基調にしながらもマイナーコードを意味する【m】の付いたコードが各小節の最後には必ず配されていてバランスがとれています。(ABCというのはそれぞれドレミと同じく音階を意味する記号です)

 

 さらに貧困や死についての重めの歌詞が乗っかることで問題提起を可能にした『深み』のある名曲だといえるでしょう。

 

 

井上陽水「夢のなかへ」

 

 井上陽水さんの言わずと知れた名曲「夢のなかへ」は「エリナーリグビー」とは逆に(明るい)メジャーコードを多めに配した楽曲です。全体としては明るい印象なのにどこか探しもののむなしさやあきらめのようなネガティブな感情を感じます。

 

夢の中へ(井上陽水) / コード譜 / ギター - J-Total Music!

 

 楽譜を見るとEmというマイナーコードがここぞという場所で効果的に使用されているためアンニュイな『深み』のある雰囲気を表現することに成功したのでしょう。井上陽水さんの独特な声と歌詞の世界観との相乗効果で、疾走感のなかにも浮遊感がただよっていることを聴いてとることができます。

 

 

人が音階だったなら?

 

 1つ1つの音階が組み合わさることで形成される【コード】と複数のコードを組み合わせることで成立する音楽の関係性を見てきました。

 

 

 

 ここで一呼吸。

 

 

 想像してみて下さい。もしも僕たち1人1人が1つの音階だったとしたらどうでしょう。友人や家族、学校や職場の仲間とコミットメント(つながり)したとしたら、いったいどんなコード(和音)を奏でるでしょうか。

 

 そして所属する共同体が奏でる音楽とはいったいどんなものでしょうか?明るく力強いものなのかそれとも薄暗く悲しみに満ちている音楽でしょうか。さらに視野を広げて僕たちが所属する社会はどうでしょうか。想像してみて下さい。

 

 

社会は壮大な『アルバム』

 

 音階が和音を形成する際に相性があるように、人と人がコミットすることにも相性があります。うまくコミットできない音階を取り込むことにはリスクがつきものでもあります。なぜなら相性の悪い音階どうしは不協和音となりその響きの美しさを発揮することができず、ときに楽曲そのものをダメにしてしまうからです。

 

 しかし和音に組み込めない音階はないというのも事実です。陰音階を取り込んだ結果その音楽のなかでは使いにくいマイナーコードができあがったとしましょう。しかしたとえその音楽のなかでは有用性を見いだされなかった音階(ないしはコード)は、また別の音楽のなかでは『深み』を出すために欠かせない存在にもなることもあり得るのです。

 

 人を音階だとするならば社会は音楽がぎっしり詰まった『アルバム』のようなものなのです。

 

 多様性を実現するために

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 昨今、多様性が声高に叫ばれていますが、多様性が容認される社会とはどうあるべきでしょうか。新しい価値観や主義・主張を異分子としてとらえて受け入れはしないが一線を引いて存在を認めることでしょうか。

 

 より成熟した社会を形成するためには、積極的に相手を理解しどの和音に組み込もうか、また組み込むべきかを考えることがとても重要だと思います。そしてその和音でどんな音楽を鳴らせるかを追究し、できあがった音楽をアルバムのどの部分に収めることで『社会』が豊かになるかを追求する姿勢こそが多様性の実現にとって必要不可欠なのだといえるのではないでしょうか。

 

 それを可能にするのは社会を構成している僕たちひとりひとりが既存の価値観や体勢に満足せず、知らないものを知ろうとする姿勢に他ならないのです。体勢やコミュニティに依存し人任せにして、与えられたものを受け入れるという姿勢のままでは『深み』のある音楽にたどり付くことはできないのです。

 

 

音楽に由来する言葉

 

 古くから人と音楽は身近なものとして切っても切れない関係を築いてきました。その証拠に音楽に由来する言葉やことわざというものが非常にたくさんあります。その一部をご紹介します。

 

不協和音:同時に響く2つ以上の音が協和しないこと。調和の悪い関係をたとえていうこともある。

 

こつ:物事の要領。雅楽器の音階であるこつ(乞)の音を出すことが非常に難しいことからこの言葉がうまれた。

 

打ち合わせ:前もって相談すること。異なる楽曲を同時に演奏する打合せに由来。

 

 まだまだ挙げていくとキリがないほどたくさんの言葉があります。古くから人間関係などを表す場面で音楽に由来する言い回しや表現が使われているということがお分かりいただけたと思います。。

 

 

おわりに

 

 最後までお読みいただきありがとうございました。個人の意見なので「何を訳の分からないことを言っているんだ」というお声もあがりそうなものですが、お伝えしたかったことは『先入観を取り払って社会を俯瞰して(一歩引いて)見ることで物事のちがった側面が見えてくる』ということなのです。

 

 効率的に他人を評価、判断するのではなくいろいろな側面で他人とコミットすると思わぬところで自己変革が可能になるかもしれません。

 

 

 

 余談ではありますが、ダンスやPVなどを駆使して【視覚】の文化へとシフトチェンジしてきている感のある音楽。ここらでもう一度、音楽の本質を見直すべき時期に来ているのかなぁと思ったりもします。耳にする音楽をメジャーコードかな?マイナーコードかな?と聞き耳を立ててみると新しい発見が待っているかも。