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クロツバメの浮き雲ライフ

どうもクロツバメです。保護猫ちゃん中心の生活を送りながら、ハンドメイドやDIY、音楽に読書と関心事を綴ります。

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サブカルチャーが持つ力を考える

 山間の小さな町で育った。土着的な風土に固執する排他的な住民の町にあって、新参者や少数派、力のないものには生きていくのが厳しい場所だった。母親は隣近所の和を乱さぬようおべっかを使い、ときにご機嫌取りに奔走しいつも疲れた顔をしていた。父親はそのコミュニティにおけるヒエラルキーの少しでも高い位置に陣取るべく献身を装い脳内では策を巡らせているようなタイプの人だった。その子供たちも所詮は両親の駒にすぎず、ゆくゆくは地元の名士としてヒエラルキーの向上に寄与すべしという空気のなかで思春期をおくる。

 

 年の離れた兄が始めにドロップアウトした。地元での就職をふいにし、親元を勘当同然に飛び出した。(今なお用事のあるとき以外は連絡もせず距離を置いて暮らしている)僕はというとその兄をなかばダシに使って高校卒業後は進学のため家を出ることを両親に了解させ、それ以来地元には年に1回帰るかどうかという距離感で今に至っている。

 

 兄はよく僕に音楽を聴かせてくれた。それはBOΦWYであったりリンドバーグであったり、兄が高校生の時にはGREENDAYやHi-STANDARDへと変遷した。早熟であったとはとても言えないが、兄は兄なりに自分に迫り来る地元就職という閉塞感をパンクロックを聴くことで振り払おうとしていたのかもしれない。とかく僕は小学生にして音楽に出会ったのである。

 

 高校に進む頃には兄はもう実家におらず、好きな音楽を探し求めてCDショップやらレンタルショップに足繁く通い、手当たり次第に目に付いたCDを聴きまくった。BLANKY JET CITYの「悪い人たち」は未だ涙なしには聴けないしスピッツの初期作品群の深い音楽性は今なお色あせないと(個人的には)思う。the SmithやJAM、THE WHOといったブリットポップの古典に近い作品たちにまでその興味は及んだ。それらのなかに煌めきを放つ宝石を発見すれば、プレーヤーが壊れるんじゃないかと思うほどに何度も何度も繰り返して再生した。

 

 音楽を聴いている間だけは閉塞感に苛まれることはなかった。もし、音楽に巡り会っていなかったら自分はどんな人生を送ることになるのかを考えると恐ろしくなる。おそらくは自分の感情を消化(あるいは昇華)させる術もなく、両親の言いつけを守って地元で就職し、閉塞感から来るその悶々としたストレスはきっといつか「何か」の形をとって発露されただろうと想像するからだ。自らの内側に引きこもるか、暴力で何かを打開しようと試みる可能性もあっただろう。僕は【たまたま】音楽によって眠れぬ夜と握手することで何とかキツい時期を乗り切ることに成功したのだった。

 

 社会に居場所がない人々の受け皿となる「セーフティネット」の存在が十全に機能しているとは言えない現代で、サブカルチャーの持つ力を見直すべき時期に来ているのだと切に思う。心の殻の外側から手をさしのべて外の世界に僕を連れ出してくれたのは音楽だった。

 

 (それは音楽に限った話しではなく文学や映画にも言えることだと思う。太宰治には暗闇から救い出してもらったと思っているし、村上春樹の「風の歌を聴け」なんてもう5回は読み返している。映画「バグダットカフェ」に感動し、いてもたってもいられず部屋の掃除もした。それらは総合的に僕の心を豊かにした。)

 

 

 「ニート」「引きこもり」と新しい呼び名を創出しては、上っ面だけ理解したふりをして、ひとたび問題が起きれば行政に仕組みとしての根本的な解決を望むという風潮を見直さない限り、凄惨な事件は氷山の一角でしかない。社会を俯瞰して見ること、社会が抱える病みから目をそらさないことを可能にするのは『心の豊かさ』なのだと信じている。

 

 DOORSが「ハートに火をつけて」くれたその小さな灯火は、少なくとも僕のなかでは未だに燃え続け、心を温め続けている。

 

 

 

 

※この記事は個人の主観に基づき書かれたもので、特定の誰かを非難したりまたは擁護するためのものではないことを了承下さい。

 

 

 

 

 

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